【番外編】Happy Merry Christmas!
「お疲れ様でした!」
俺はスタッフさんにそう言うとすぐさま楽屋に飛び込み、荷物をまとめた。腕時計を見ると丁度18時だ。待ち合わせまであと30分だ。
「よかった、時間ぴったりだ」
服装もちゃんとしたし、鞄の中に入れてあるプレゼントもバッチリ。あとは彼女の元に向かうだけだ。
「あれ? まだいたのですか?」
マネージャーが目を見開いてそう声をかけてくる。この人のことだから大体の状況は分かってくれているはずだが、どうしてそんな反応をされるのだろう。というか今の今まで仕事していた身なのでまだいるのは当たり前ではないだろうか。
「ああ、待ち合わせまであと30分あるし」
するとマネージャーは目を見開いて驚いたように口を開く。
「え、確か待ち合わせは18時30分だったはずでは?」
「そうだけど……」
なんだろう、どこか違和感がある。主にマネージャーの反応に。
「……待て、今何時?」
嫌な予感しかしない。いや、流石にそんなベタなことには……。仕事だって予定通りに終わっているんだし。
しかし神様は薄情だった。
「えっと……今は18時35分ですね……」
「え゛」
慌てて腕時計を見る。そこにはちゃんと18時5分を差している針があった。
その状況を見て全てを察したのだろう。マネージャーが派手に溜息をついて
「あの……確か朝、『この時計30分遅れてるから直さないと』って言っていませんでしたっけ?」
「はぁぁぁ!?」
なんだそれ! あ、でも確かにそう言った記憶も……。
「…………」
つまり俺は浮かれまくっていたお陰でその部分がごっそり抜けていたのだろう。そして知らないうちに仕事が延びていたことにも気づかずに。
まさかと思い携帯を見ると
『大丈夫? 仕事押してるの?』
という彼女からのメールが入っていた。
「やばい! すぐ行かないと!!」
「はいはい、後のことは任せていってらっしゃい」
ひらひらと手を振られ、俺は急いで帽子を深くかぶるとその場を後にした。
『ごめん、今向かってる』
何とかその文を書いて送る。懸命に足を動かしていると携帯を入れているポケットが震える。思ったよりも返事はすぐに来た。
『待ちくたびれちゃった』
画面を見ると本文がそれだけのメールが映る。きっと笑いながら打っていたに違いない。
「あのなぁ」
こんな時なのにそれが嬉しい。あいつが待っているのは他の兄妹でもなく男子でもなく、間違いなく『俺』なのだと。もうあいつとの関係を諦めなくていいのだと。その事実が泣きたいほどに嬉しいのだ。だからこそ『一番幸せ』だって思わせたい。誰の手でなく俺の手で。
「今日くらいは、な」
クリスマスだからってプレゼントはいらなかった。一緒にアイツがいてくれるのならそれだけで俺は幸せ者だ。今向かっているこの時間だって本当は無駄だと思う。テレポートや瞬間移動が出来ればもっと長い間二人きりでいられるのに。冷たくなっている手をギュッと握って、嬉しそうな、でも恥ずかしそうに照れる顔を今すぐにでも見たい。
顔を上げると少し離れた先に帽子をかぶった彼女の姿が見えた。彼女は俺に気づくと可愛らしく笑いながら手を振ってくる。有名人である彼女自身の立場を弁えてほしいのだがそんなの関係なく、とにかく可愛い。
彼女の元まで10、9、8……
「ごめん!」
荷物を横に置いて、ギュッと抱きしめる。はらりと俺と彼女の帽子が落ち、俺らの存在と正体に気づいた民衆が声を上げた気がしたがもうどうでもよかった。
「んもう、なんで謝るの。仕方ないんだし」
どこか不貞腐れたような、でも笑った声が俺の耳をくすぐる。続けて
「お疲れ様、走ってきてくれてありがとう」
ギュッと彼女が俺の身体を抱きしめ返す。温かい、温かくて優しいぬくもりに包まれているようだった。
「Happy MerryChristmas」
「うん、MerryChristmas!」
彼女はまた嬉しそうにそう笑った。そんな彼女をそっと放し、手を握る。案の定冷たくなってしまったその手はしかしどこか心地いい。
「じゃあ行こうか」
「うん。期待してるからね?」
どうして俺のツボをドンピシャで捉えてくるのだろうか。そんなことを言われてしまうと信頼されているようで嬉しいし、その分張り切ってしまう。
「もちろん、期待しとけ」
グイっと手を引っ張る。一年前はこんな光景など想像できなかったのに、まるで夢を見ているようだ。
「ねえ」
「ん?」
ふと立ち止まり、振り返るとそれはそれは幸せそうな満面の笑みで
「大好きだよ!」
―――ああ、俺は
「本当に幸せもんだなぁ」
尚、その日の晩のトップニュースは
『国民的歌手と超人気モデル、ラブラブクリスマスデート』
だったのだが、それに関しての騒動と、その後世間を賑わせた歌手側の堂々とした「交際しています」宣言についてはまた別の話である。